風習
昔、人柱(人身御供)という風習があったそうです。
時代は何時代なのかわかりませんが、ある町で聞いた話です。
その町の中を流れる川は、今でもよく氾濫する。
遠い昔、その年も、洪水で橋が流されてしまった。
村人達は、とりあえず仮の橋をかけ、次の日、最初に渡った人を人柱にすることにした。
果たして翌日。
最初に仮橋を渡ったのは、まだ年端もいかぬ女の子だった。
それから数年の月日が流れた。
村から子供たちの声が消えた。
「村から五里程離れた山中のお寺に詣でると、子宝を授かるらしい」
実しやかな噂が広まった。
「ただし、詣でるところは、絶対に他人に見られてはならぬ」
必然的に夜中の参詣になった。
そのときに女性たちが渡った橋は、「子無橋(こないばし)」と呼ばれた。
しかし、月日の流れとともに、詣でるお寺は、村から程近いところにあるお寺となった。
念仏を唱えながら橋を渡る女性たちに因み、「念仏橋」と橋の呼称も変わった。
時代が下り、現在その橋は、「幸来橋(こうらいばし)」と呼ばれている。
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