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さや ?四の回?

沙耶はコーヒーを口にする。
すっかり冷めた飲み物だ。


俺は正座をしている。


そんな俺を沙耶は仁王立ちで見下ろしていた。


「ねえ、こーくん」


「ごめん、としか言えない」


「一時の気の迷いだよね?」


言葉選びに悩む。
こんな劣勢、親からも受けたことはない。でもすべては俺のせい。重々承知している。


「黙ってたってわかんないんだけど……?」


強気な沙耶はあのレンズの向こうで無垢に動く少女とはちがう。恐怖でしかない存在だ。


「ケーサツ呼ぶ?」


「いや、ま、まま、待ってくれ! それは……」


「じゃあ話せるよね?」


沙耶は地べたにぺたりと腰を下ろす。
目線が重なった。笑顔はない。俺には恐怖がある。


「……ねえ、こーくん。あたしの裸見て、なにがうれしいの?」


すげえ質問。
だが答えない。答えられないが正しい。なんせ声が出ないんだから。


「それってさ、最低なことだよ。相手の同意なく裸にして、その、アソコいじってさ。精子つけてさ」


「……はい」


「気持ち悪いよね」


俺は吹っ飛びそうだった。
言葉で殴られた。ガツンと後頭部を。鼻血が出てもおかしくない。失禁しそうな気分になった。


するといきなり、沙耶は俺の胸ぐらをつかんだ。


「セックスしたいんだ?」


「……いや」


「ウソツキ」


そう言って、沙耶はテーブルの携帯をつかんだ。
マズイ。
警察か?
もしくは妻かもしれない。


俺は走って、沙耶の手をつかんだ。


「なに?」


「や、やめてください」


「なにを? ケーサツ? お姉ちゃん? お母さん? なに?」


まくし立てるその声すべてが冷たい。
心がつららで刺されたようだ。ジワジワと痛みが押し寄せる。


「なんでもするからさ」


と、俺は膝をついて頭を下げた。


「頼むから許してくれ!」


額がフローリングに当たった。痛みはある。でもそれより沙耶の落ちてくる視線の方が何倍も痛かった。


何分の時間が流れたのだろうか?


長い沈黙を抜けて、沙耶はしゃがんだ。
そして俺の肩をつかむと、体をグイと自分の方に引っ張った。


俺は理解できないまま、ただ犯行はしなかった。


「……こーくん、なんでもするの?」


「うん」


沙耶はさらに俺を引き寄せた。
体はもう密着していた。


つまり抱きしめ合っていたのだ。


「さ、沙耶……ちゃん……?」


「あたしも子供がほしい」


「子供って?」


「今、一緒の人ね。結婚するの。誰にも言ってないけど」


「そうなんだ。で?」


「最近言われたよ。ぼくは子供ができにくい体質なんだ、って。精子ができづらいっていうのかな? 詳しくは知らないけど」


「それで精子の匂いがわかったのか?」


「そういうこと。エッチの後に精子確認したり色々したからさ」


と、沙耶はゆっくり俺を引き剥がした。


顔はほのかに笑っているように見えた。
しかし安堵してはいけない。まだ完全に終わったわけじゃないんだから。


「でも無理だよ。バレるに決まっている」


「じゃあケーサツ行く?」


なんて女だ。
そう思った。


そもそも悪いのは俺なのに、まるで立場が逆にでもなったように、沙耶を軽蔑しそうになった。


「そもそも沙耶ちゃんは結婚してないだろ? そういうのは結婚してからでいいと思うんだけど」


「うん。結婚してからでいい」


……まだわからない。


これはそもそも脅迫なのか?
状況が読めない。沙耶がわからない。


それから俺は盗撮をしなくなった。
沙耶に怯えているからだ。それから沙耶はいつものように接してくれた。家族が家族に接するような、そんな当たり前の態度だ。


一年にも満たない月日が流れて、沙耶は籍を入れた。
純白のウェディングドレスを身にまとった彼女の裸を、俺はもう想像できなかった。


結婚式、二次会を終えて、俺は外にいた。


東京なんてなかなか来れない。
いまは一児のパパ。あの盗撮魔が、だ。未だに俺は怯えている。沙耶が暴露するんじゃないかって。


二次会のレストランのトイレへ向かい出るとき、沙耶とかち合った。


「おめでとう、沙耶ちゃん」


「ありがとう、こーくん」


沙耶はシンプルな白のワンピースに着替えていた。長く美しい体はやはり変わらず素敵だ。


「新婚旅行はどこに行くの?」


「ニューヨーク。明日には経つよ


「そっか」


と、沙耶は照れくさそうに頭を掻いた。


「楽しんで来てね。俺はもうホテルに戻るわ」


「あっ、待って」


沙耶はきょろきょろと周りをうかがい、そっと耳打ちした。


「今、空いてる?」


「空く、って?」


「えー!」


沙耶はびっくりして、俺の手をつかんだ。
その時、俺の中であの日が蘇った。


「……あのさ、沙耶」


察したのか、沙耶はうなずいた。


「ふふ。今日、チョー危険日だよ」


「マジでやるの?」


「うん。そいで旦那のせいにする。大丈夫だよ。あたしもこーくんもA型だし、旦那もこーくんも目も体も細いし」


「いや、本当にマズイって」


「でも、セックスしたいんでしょ?」


ちがう。
俺はセックスじゃなく、レンズ越しのお前を愛していたんだ。無垢に服を脱ぎ、何食わぬ顔で体を拭くお前を。


「すぐ終わればいいよ。中にちょいと出してくれればさ」


「勃つかなあ。緊張する」


「あたし、結構気持ち良くできると思うよ」


沙耶は満面の笑みで俺の手をつかむと、俺の部屋へ無理矢理入った。別に夢でもなかったセックスが始まる。最悪だ。


沙耶、お前の子供なんていらなかった。


まさか本当にできるなんて。


こうして俺は二人の子の親になった。


しかし一人の子は遠くにいる。
沙耶から送られる何気ないメールは、俺にとって恐怖でしかなかった。


もう盗撮なんてしない。


さや。


代償がいくらなんでも……大きすぎたよ……


?おわり?


筆者:maco

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純愛・恋愛 | 【2019-12-27(Fri) 20:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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